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東京地方裁判所 昭和25年(行)65号 判決

原告 鈴木龝男

被告 関東信越国税局長

訴訟代理人 杉本良吉 外四名

主文

被告が昭和二十五年三月二十四日付を以て原告に対して為した審査決定中加算税に関する部分の取消を求める原告の訴を却下する。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費月は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告が昭和二十五年三月二十四日付を以て昭和二十二年度原告の所得金額並に所得税額について訴外宇都宮税務署長の為した更正処分を相当とし、且加算税額五十七万九千三百六十四円、追徴税額二十三万七千二百五十円とした審査決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めると申立て、請求の原因として

「原告は昭和二十一年十月以来印刷業を営んで居たが、訴外宇都宮税務署長に対し昭和二十二年度分所得金額を七十万円として、これに相応する税額を申告し、その税額の税金を納付した。然る処原告は昭和二十四年九月関東信越国税局調査査察部の調査を受け、宇都宮税務署長はその調査の結果に基き昭和二十四年十一月二十日付で、原告の昭和二十二年度所得金額百八十四万千五百五十六円所得税額百四十六万六千八百十九円(増加税額九十四万九千二百六十四円)、加算税額五十七万九千三百円、追徴税額二十三万七干二百円とする旨の更正、決定を為して原告に通知し、原告は右通知書を同年十二月三日受領した。原告は右処分を不服として昭和二十四年十二月二十六日宇都宮税務署長を経由して被告に対し審査請求をした処、被告は昭和二十五年三月二十四日付で、所得金額並に税額については右更生を相当とし、加算税額並に追徴税額についてはそれぞれ五十七万九千三百六十四円、並に二十三万七千二百五十円とする旨の審査決定を為して昭和二十五年三月二十八日原告に通知して来た。然し原告の昭和二十二年度所得金額は、八十五万二千百十一円四十二銭に過ぎないから所得金額を百八十四万千五百五十六円とする被告の右審査決定は違法である。仮に所得金額が被告認定の通りであるとしても、原告は三和製紙株式会社の設立準備に奔走して居た為め、右所得金額並に同税額の申告が為された当時はその印刷営業の一切を訴外鈴木市助に委せて居たのであつて、右申告も右鈴木市助において為したものであり原告は適正な申告が為されて居たものと信じて居たのであるから、仮令右申告が適正でなかつたとしても原告としては已むを得なかつたものである。従つて少くとも本件審査決定中追徴税についての部分は違法と言わなくてはならない。よつて本件審査決定の取消を求めるため本訴に及んだものである。」と述べ、被告の本案前の主張に対し、

「原告が本件審査請求に際つて被告に提出した書面は追徴税、加算税免除の審査請求書と題されては居るが、原告が審査請求をしたのは追徴税、加算税についてのみではなく、所得全額、同税額の点を含めて、宇都宮税務署長の右処分全部について為したのである。仮に右審査請求書の表示が、追徴税、加算税についてのものと見られるとしても、追徴税、加算税は所得税額を基礎として始めて決定せられるものであるから、追微税、加算税についての決定が適法であるか否かはその基礎となつて居る所得税額延いて所得金額の認定が適正であるかどうかを除外しては判断できないのであつて、追徴税、加算税が明示されて居る以上、その前提となる所得金額並に同税額についての不服申立も含まれて居るものである。然して本件審査決定は原告の右審査請求に対して為されたものであり、追徴税、加算税について宇都宮税務署長の為した所得金額並に同税額を前提とする判断が為されて居るのであるから、本件審査決定においては、所得金額並に同税額について宇都宮税務署長の右更正を相当とし、原告の不服申立を排斥して居るものであることは明らかである。」と述べ、被告の本案についての主張に対し、

「被告主張事実中昭和二十二年度における原告の収入、並に仕入を除くその余の支出が被告主張の通りの金額であることは認めるが、仕入金額は否認する。

原告の昭和二十二年度における総仕入金額は百六十五万四千五百六円五十八銭である。右仕入総額の内容については関係帳簿上明白な仕入額としては一月乃至五月までの分及び八月分は被告主張通り(但し三月分中訴外富士産業株式会社よりの分は一〇〇、〇〇〇円三六銭で三六銭の差はある)であるが、六月分は二〇一、七五〇円(内一〇〇、〇〇〇円は富士産業株式会社からの仕入であることは被告主張通り)で七月分は一一、〇六〇円一六銭である。次に右帳簿上明白な分の外に一月分の仕入として訴外上野紙店より六五、〇〇〇円訴外赤池鶴蔵より一一、七〇〇円、訴外高畑紙店より一七、〇〇〇円であるので一月分の仕入合計額は一〇四、五四〇円五〇銭であり、二月分の仕入は帳簿外に富士産業株式会社より一〇五、〇五〇円、高畑紙店より五一、〇〇〇円あるので二月分の仕入合計額は一五八、四五〇円となる。三月分についても帳簿外の仕入として赤池鶴蔵から一、八〇〇円あるので三月分の仕入合計額は一〇、二六六円七六銭であり、四月分の仕入も帳簿外に訴外栃木県印刷工業協同組合より一九、八四六円八八銭あるので四月分の仕入額は合計一三八、一二一円一三銭である。五月分の仕入は前述の如く被告主張通りであるが、六月分は帳簿外に赤池鶴蔵より二、四〇〇円の仕入があるので仕入合計額は二〇四、一五〇円であり、七月分は帳簿外に訴外青柳登一より三二、〇〇〇円の仕入があるので、同月分の仕入合計額は三三一、〇六〇円一六銭となり八月分も帳簿外に栃木県印刷工業協同組合より二〇、〇〇〇円赤池鶴蔵より一三、六八〇円の仕入があるので同月分仕入合計額は五四、七八二円七五銭である。従つて一月より八月までの仕入金額の合計は百十万三千四円三十九銭であり、九月以降は帳簿その他の資料が完備していなかつたが同年九月以降においても一月より八月までの合計額の一ケ月当り平均仕入額と同額の仕入はあつたものであるから同年九月以降毎月の仕入額を右方法によつて計算すれば同年度仕入金額総計は百六十五万四千五百六円五十八銭となるのである。被告は原告が富士産業株式会社より仕入れた分については、これを異常の取引として他の仕入と別途に計上しているが原告は同年二月より六月に亘つて四回に同会社より合計四十万五千五十円三十六銭の紙類を仕入れており、その取引が特に多額でもなく、又通常の仕入と異る特殊的なものでもないから右の仕入を別途に計上すべき理由はない。従つて同年九月以降の仕入金額を推計するについては、右仕入をも含めた同年一月より八月までの仕入金額を基準としなければならないものである。更に被告の主張によれば印刷収入は仕入金額の五・八五倍強になつており、社会一般の倍率が二乃至三倍であることと著しく異り、又印刷収入と所得金額の比率を見ると所得率は五十三パーセントを越えており、印刷業における所得率が十九乃至三十五パーセントであることと甚だしい不均衡を示して居る。斯の如き事実よりして被告の認定した総仕入金額に脱漏があり、所得金額の認定が過大であることは明白である。仕入の脱漏と所得金額との関係について被告の一般論として主張する処は一定の仕入とこれに対応する所得とが(仕入と所得との比率が)争ない場合には妥当し得ても、一定の所得に対応する仕入そのものが争になつて居る本件の事例には妥当し得ないのであつて、被告認定の仕入に脱漏があるからと言つて原告の所得が増加する訳のものではない。」と述べた。

〈立証 省略〉

被告指定代理人は訴却下の判決を求め、

「原告主張事実中原告が宇都宮税務署長に対しその主張の如く昭和二十二年度分所得金額並に同税額を申告しその税額を納付したことその後原告がその主張の如く関東信越国税局調査査察部の調査を受け、その結果に基き宇都宮税務署長が原告主張の通りの処分をして原告に通知したことは認める。然し原告が右処分について昭和二十四年十二月二十六日被告に対して為した審査請求は右処分の中追微税についての決定に対し、当時の所得税法(昭和二十二年法律第二七号)第五十七条所定の巳むことを得ない事由ありとして不服を申立てたものであつて、所得金額並に同税額については何等不服申立が為されて居らず却つて右宇都宮税務署長の更正した所得税額については必ずこれを納付すべき旨を述べて居るのである。被告は原告の右審査請求に対し、昭和二十五年三月二十四日付を以て審査決定をしたがその内容は原告の審査請求の範囲において、追徴税額を二十三万七千二百五十円とする旨を決定しただけである。仮に追徴税についての右決定において、その前提として所得金額、同税額についての判断が為されて居るとしてもその判断は飽く迄も前提としての判断であるに止まり、所得金額同税額について審査決定が為されて居る訳ではない。以上の如く被告は原告の主張する如き所得金額、同税額、加算税額、追徴税額の全部に亘る審査決定をした事実はないから、原告の本訴が、所得金額、同税額、加算税額、追徴税額についての決定の取消を不可分的に求めるものである以上取消の対象を欠く不適法のものと云わなくてはならない。

仮に原告の本訴が、所得金額、同税額の決定、加算税額についての決定、並に追徴税額についての決定をそれぞれ独立のものとしてその取消を請求するものであるとしても、所得金額、同税額についての決定の取消を求める部分は前述のとおり取消の対照を欠く不適法なものである。次に加算税は当時の所得税法(昭和二十三年法律第百七号による改正前のもの)第五十五条第一、二項により、税務官庁のした更生、決定により増加した税額の存する場合納税義務者は法律上当然に、その増加税額に対し、一定の期間と割合に応じた加算税を納付する義務を負ふのであつて、別に賦課処分その他何等かの税務官庁の行為を俟つて始めて加算税納付義務が発生するのではない。(このことは同法第五十五条が加算税について決定通知等を規定していないことからも明らかである。)従つて税務官庁において加算税について外形上何等かの決定或ひは通知を為したとしても、その決定なり通知なりは納税義務者の加算税納付義務に何等の消長をも生ぜしめるものではないのであつて、単に注意的な処置に過ぎない。宇都宮税務署長が、昭和二十四年十一月二十日付を以て原告に対し加算税額を五十七万九千三百円とする旨の通知を為し、原告が昭和二十四年十二月二十六日右通知について被告に対し審査請求を為したことは認めるが、右加算税額についての通知に対し審査請求を為すことを認めた規定はないので原告の右審査請求なるものは単なる陳情に過ぎないのである。これに対し被告が昭和二十五年三月二十四日付で加算税額を五十七万九千三百六十四円とする旨の審査決定をしたことは認めるが、その審査決定は法律上所謂審査決定に当るものではなく、前述の如く単に注意的な処置であるに止まり、原告の、加算税納付義務に影響を及ぼすものではない。従つて被告が、加算税額について為した審査決定なるものは訴訟の対象と為り得ないものと言はなくてはならないから、原告のこの部分の訴も不適法である。」と述べ

本案につき請求棄却の判決を求め、

「原告の昭和二十二年度における収入は印刷収入三百四十四万二千四百二円、現在品(次期繰越品)四十五万円、雑収入四百二十五万六千円、仕上総額六十六万五千六十二円で、合計二百五万千三百七十一円であるから原告の昭和二十二年度所得税課税の標準たるべき所得は右収入合計額から支出合計額を控除した残額百八十四万千五百五十六円である。

ところで右所得算定に使用された仕入総額の内容は関係帳簿の調査により明となつたもの

一月  一〇、八四〇円五〇銭

二月   二、四〇〇円

三月 一〇〇、二六六円四〇銭(内一〇〇、〇〇〇円は訴外富士産業株式会社よりの仕入分)

四月 一一八、二七四円二五銭(内一〇〇、〇〇〇円は前同様)

五月   九、八三三円 九銭

六月 一〇四、四五〇円   (内一〇〇、〇〇〇円は前同様)

七月   八、三六○円一六銭

八月  二一、一〇二円七五銭

であり、九月分以降は帳簿に記載なく関係書類も存在しなかつたのであるが、調査の際の原告の言い分では富士産業株式会社よりの仕入額は昭和二十二年度において総額四十万円であるというので九月より十二月までの間に同会社より十万円相当の仕入ありとし、なお九月以降の仕入平均は八月以前の仕入平均の二倍であるとの原告の言ひ分を認め、一月乃至八月の前示仕入額中より(富士産業株式会社よりの仕入分は大口のもので他の仕入に比し臨時性、特殊性が認められたので)前示会社よりの仕入分を控除した残部の仕入の月平均額の倍額宛の仕入があるものとして九月乃至十二月分を七万五千五百二十七円十五銭とし、これに右会社よりの仕入分十万円を加算した十七万五千五百二十七円十五銭を九月以降の仕入額と推計算定したので一月乃至十二月の仕入額は合計五十五万千五十四円となるが仕入の記帳洩れ等の存在を考慮し右仕入合計額に更にその約二割に相当する十一万四千八円を加へた総計六十六万五千六十二円を仕入総額と推定したのである。

仮に被告の右仕入金額についての認定に脱漏があるとすれば、現在品並に繰越品(柵卸)が争とならない限りその脱漏分だけ売上も増加し、従つて所得金額も増加するのが一般の事理であるから、被告の所得金額の認定は原告にとつて有利でこそあれ取消を求める利益はない。」と述べた。

〈証拠 省略〉

理由

所得金額、同税額についての処分、追徴税についての処分、加算税についての処分は後述するところにより自ら明なように法律上それぞれ別個の行為であるから、たまたま一個の審査決定において右各処分についてそれぞれ決定されて居る場合でも、内容としては右各点についての決定はそれぞれ独立の処分であると言はなくてはならない。然して原告が追徴税のみに関する独立の主張をしていることからしても原告が所得金額、同税額についての処分、加算税についての処分追徴税についての処分の取消を不可分的に訴求して居るものとは認められないから以下右処分について各別に検討する。

(一)  所得金額、同税額についての審査決定の取消を求める請求について

原告が宇都宮税務署長に対し昭和二十二年度分所得金額並に同税額を申告し、その税額を納付したこと、その後原告がその主張の如く関東信越国税局調査査察部の調査を受け、右調査の結果に基き宇都宮税務署長が昭和二十四年十一月二十日付で原告の昭和二十二年度分所得金額を百八十四万千五百五十六円、同税額を百四十六万六千八百十九円(増加税額九十四万九千二百六十四円)とする旨の更正として原告に通知したことは当事者間に争がない。そこで原告が右更生について被告に対し審査請求をしたかどうかについてしらべてみると、成立に争のない乙第一号証によれば原告は宇都宮税務署長の前示更正に対して昭和二十四年十二月二十六日付国税局長宛の「昭和二十三年度所得税更正決定に基く加算税額並追徴税額の免除審査請求書」と題する書面を同年十二月二十六日宇都宮税務署長に提出し、その書面において「審査請求人(本件の原告)は昭和二十二年度所得申告に際し、当時即ち昭和二十二年一月より昭和二十三年六月まで、営業を支配人鈴木市助に一切委せ三和製紙株式会社の設立並に経営に没頭し、そのため東西に奔走し、全く自己の営業を顧みることができず、所得申告も一切支配人においてしたもので右申告については相談も受けなかつたし、爾後の承認をしたこともなく、従つて審査請求人としては、真実且つ正当に申告してあるものと確信していたもので申告に誤りがあつても、審査請求人に故意過失は全くなく、真に已むを得ない事由に基くものと信ずるものである。されば国税調査庁の査察に因り更正決定された本税は如何なる苦痛を忍んでも納付する覚悟であるから、加算税額並に追微税額については前記事由を御賢察の上、所得税法第五十七条に所謂已むを得ない事由ありと御認定され、免除決定あらんことを御願ひするため、茲に審査請求をなす次第である。」旨を記述していることが認められる。右認定の事実並に原告本人訊問の結果の一部によれば、原告は昭和二十四年十一月二十日付の宇都宮税務署長の更正に対してはそのうち、加算税及び追徴税についてのみ、課税免除の已むを得ない事由があることを理由として審査請求を求めたものであつて、所得額並に所得税額を争ひ、その審査請求をしたものではないと断ずるの外なく、その他右所得額乃至所得税額につき審査請求をしたことを認め得る証拠はない。

原告は加算税額並に追徴税額の適法であるかどうかの審理は、その算定の基本となる所得額並に所得税額の適正であるかどうかの審査をまたないでは判定できないのであるから、前者に対する審査請求は当然に後者に対する審査請求を包含するものであると主張するけれども、すでに認定した通り、原告の本件審査請求の内容は、加算税、追徴税の数額を争ふものではなく、本税である所得税は如何なる苦痛を忍むでも納付する覚悟である旨を明言し、以て所得税の更正については不服のないことを明にすると共に、加算税、追徴税については当時の所得税法第五十七条に所謂已むを得ない事由があつたのだから免除して貰い度いというので、その免除事由の審査を求めたものであるから、原告の所論は本件の場合には到底是認できるものではない。尤も審査請求を受けた被告としては審査の範囲を請求の範囲に限定されるものではなく、全般に亘り上級行政庁として審査する権限のあることは言うまでもなく、審査の結果、下級庁の行政処分を是認した場合には、審査請求人に対しては、その審査請求の範囲で応答の裁決を与えるを以て足るのであるが若し下級庁の処分を改める必要ありと認めれば、審査請求の範囲外であつても、下級庁の処分を是正できるし、右の如き是正処分があれば、これに対し行政訴訟を提起できるわけである。そこで更に進んで原告の主張する被告の昭和二十五年三月二十四日付の審査請求において原告の審査請求の範囲を超えて原告の昭和二十三年度の所得金額同税額についての決定が為されて居るかどうかの点について検討する。成立に争のない甲第十二号証によれば被告が右審査決定において決定した事項は、基礎税額を九十四万九千円とし、これに基き追徴税額二十三万七千二百五十円、加算税額五十七万九千三百六十四円としただけであることが認められる。然して右の基礎税額九十四万九千円とあるのは、原告の昭和二十二年度所得税額を示すものではなく、前示宇都宮税務署長の更正による増加税額に相応する加算税額、追徴税額を算出する基礎として、増加税額の千円未満を切捨てて表示しただけのことであると認められるから、右審査決定においては、所得金額、同税額についての決定が為されて居るものと認めることはできず、その他に原告主張の如き審査決定が為されたとの事実を認めるに足る証拠はない。又右審査決定における加算税額、追徴税額の決定について、その前提として所得金額、同税額についての判断が為されて居るとしても右前提判断が為されて居るの故を以て右審査決定において所得金額、同税額につき訴訟の対象となり得る処分があつたものとは言ひ得ない。従つて原告主張の如き所得金額、同税額についての処分があつたものと認められない以上、この点の原告の請求は理由がないものと言はざるを得ない。

(二)  加算税についての訴について

宇都宮税務署長が前示更正処分を為すに際つて、同一の通知書を以て加算税額五十七万九千三百円として原告に通知したことは当事者間に争がない。然して原告の主張よりすれば右通知は所得金額、同税額の更正並に追徴税額の通知書と題する書面によつて為されたものであり、その加算税額の通知は、納期限迄に納付しなければならない税額を通知しただけのものであることは明らかである(訴状添付通知書参照)から、右加算税額の通知はこれを以て納税告知と見ることはできない。そこで右通知によつて原告の加算税納付義務に何等かの影響を及ばすものであるかどうかについて検討する。当時の所得税法第五十五条によれば所得金額、同税額の更正によつて増加した所得金額が存する場合は、納税義務者は法律上当然その増加税額に対し所得税法施行規則第五十四条所定の期間並に同法第五十五条所定の割合による加算税を納付する義務を負ふのであつて、加算税納付義務は税務官庁の加算税額の決定又は通知を俟つて発生並に確定するものではない。従つて原告の加算税納付義務が右通知によつて左右されるものではないし、又右通知が納税告知とも認められない以上、右通知は権利義務について変動を生ぜしめない単に注意的な処置に止まるものと言はなくてはならない。従つて宇都宮税務署長の右通知を変更したものであるに止まる被告の加算税についての審査決定も原告の加算税納付義務に何等の消長をも招来するものでないと言はなくてはならない。然る以上被告の加算税についての審査決定は外形上は審査決定であつても、実質は原告の権利義務に対して何等の変動も生ぜしめないものであるから、訴訟の対象となり得ないものと言ふべく(従つて広義の行政処分とは言ひ得ても行政事件訴訟特例法に所謂処分ではない。)原告のこの部分の訴は不適法である。

(三)  追徴税についての審査決定の取消を求める請求について

宇都宮税務署長が前示更正処分を為すに際り、その更正による増加税額に対する当時の所得税法第五十七条の追徴税の税額を二十三万七千二百円とする旨の決定を為して原告に通知したこと、原告が昭和二十四年十二月二十六日被告に対し右決定について審査請求を為し、被告が昭和二十五年三月二十四日付を以て右追微税額を二十三万七千二百五十円とする旨の審査決定をして原告に通知したことは当事者間に争がない。しかも所得額並に所得税額については最早本訴において争うことのできないことは前示(一)ですでに判示した通りであるし、右所得額、所得税額より追徴税額の算出された計算の過程については原告より何等の不服の主張もないので、計算は正当なものと推定できる。そこで原告の主張する已むを得ない事由が存したか否かについて検討する。ある期間内の所得が幾何であつたかと言うことは、特段の事情のない限り所得の帰属者において最もよく知り得べき事柄である。従つて申告が真実と認められる所得より少額である場合には、所得の帰属者がその所得を把握することを不可能にするか或いは著しく困難ならしめる様な特段の事情の認むべきものなき限り己むを得ない事由なきものと推定される訳である。原告が昭和二十二年中において三年製紙株式会社の設立準備に多忙であつたとしても、それは原告自身の意思によつて営利活動の範囲を広げたというだけであつて、そのこと自身原告がその所得の把握を不可能にしたり、或ひは著しく困難ならしめたりするものとは認められず(原告が鈴木市助を支配人に選任して居たことは前述の通りである)又右申告は鈴木市助が原告に代つて為したものであるとしても、原告自ら選任した支配人が適正ならざる申告を為した以上その申告によつて生ずる責任は当然適正なる申告と為すべき義務を負う原告において負ふべきものであるからこの点の原告の主張はそれ自体理由なきものと言はなくてはならない。従つて被告の為した追徴税についての審査決定には、原告主張の様な違法はなく、原告の請求は理由なきものである。

以上判示の通りであるから訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 毛利野富治郎 桑原正憲)

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